2016年8月3日水曜日

サイゴンで友だちができました。



サイゴンのバックパッカー街・ブイビエン通りを歩いていると、毎夜子どもが物売りに出ている。小さい体に籠をかけて、大抵はミサンガだったりティッシュだったり、ベトナム扇子(これはちょっといい)なんかを見せて回る。売り文句はシンプルで、”buy something.


ちょっと優しい人だと思われると、向こうも必死なのでかなり食いついてくる。路上店で晩ごはんを食べながら、頑張ってるなあと1人の男の子をぼんやり見ていたら目が合って、店を出た途端3人の小さいひとに追いかけ回されることになった。

しかし正直売ってるものが全然いらない上に、自分はLCC7kgの制限の中で旅してる身。荷物を増やすわけにもいかないのです。だからやんわり断ろうとするのだが、小さいひとたちは遊び半分でだんだん遠慮がなくなってきて、断るほどにキャッキャゆっている。

最終的にしょうがないので順番に高い高いをやってごまかそうとしたが、余計に1人の、いちばん小さい女の子になつかれて、もういちど断ったら思いっきりツネられた。そして片言の英語で「じゃあ明日買ってね!」と言って笑って去っていった、その笑顔は最初もの売りにきたときの営業スマイルとは、全然別のものに思えるのでした。

それが午後8時くらい。その後バーでビールを飲んで、宿に帰って横になったら深夜に目が覚めた。眠れないので、またブイビエンに散歩にでかけた。もう深夜の2時だったが、驚いたことに彼らはまだ物売りに回っていた。


そしてまたあの女の子に見つかって、追いかけ回されることになった。あまりに健気に頑張ってるので、根負けしてそのときポケットに余っていた10円くらいの札をあげることにした。受け取った女の子は「サンキュー」と短く言って、浮かない顔できびすを返すように去っていった。

あの浮かない顔は、あげた額の小ささと関係ない気がした。やはり貰うんじゃなくて、ちゃんと物を売ることで稼ぎたかったのかなあと思い、ちょっと悩んだ。


その後またバーでビールを飲んで、店先に腰掛けコンビニで買ったアイスを食べていると、その子が屋台でフルーツを買っていた。深夜の午前3時過ぎ。ようやく仕事を終えたのか、籠はもう持っていない。あれが晩ごはんなのだろうか。この時間まで働いてるのだから、学校には行っていないのかもしれない。いやまだ小さいし、小学校に上がる頃にはお役御免になって、学校に行き始めるのかな…


そんなことをぼんやり考えていると、彼女がこちらにやって来て隣に座り、買ったフルーツを食べ始めた。アイスが残っていたので食べる?と身振りしてみたが、彼女はいらない、と笑って手を振った。そして食べているフルーツを僕に分けてくれた。


酔っているのもあって、ちょっと目頭が熱くなった。うれしい、と思った。そして彼女が分けてくれたものは、自分があげた10円札とはまったく違うものに思えた。お金くらいしか差し出すもののない自分が、ずいぶん品がなく、つまらない人間に思えた。

ベトナム語と英語で噛み合わない言葉を交わし、お互いにまったく何も分からなかったが楽しかった。その日はサイゴン最後の夜だったので、自分も何かプレゼントしたかったが、何も持っていなかった。またポケットに10円札が余っていたので、今度はフルーツのお礼と餞別のつもりでそれをあげた。でもまた彼女は受け取りながら、少し浮かない顔をした。そんなつもりじゃないのに、と顔に書いてあった。

「これは施しではないんだよ。」そう言いたかったが、ベトナム語が一切分からないので伝えようがなかった。昔教えてもらったベトナム語を思い出そうとしたが酔った頭には何も浮かんでこない。僕はあきらめて、じゃあね、と日本語で言って腰を上げた。彼女はにっこりと笑った。

そうして宿に向かって歩いていると、ベトナム語が一つだけ、酔っ払った頭に突然閃いた。慌てて引き返すと彼女はまだそこにいて、僕に笑ってさよなら、と言うように手を振った。彼女のところに駆けよって、僕は「カムー」と言った。ありがとう、と言ったのが分かったのか分からないのか、彼女はまた笑ってたくさん手を振ってくれた。

もう2度と会うことはないのかもしれない。だけどブイビエン通りで、小さい体に籠を掛けて、ミサンガや、ティッシュや、ちょっといい感じの扇子を売っている、人懐こい、よく笑う小さいひとがいたら、そのひとは僕の友だちです。もし売り物が気に入ったら、ぜひ買ってみてね。


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