2017年1月3日火曜日

パーマカルチャーと東ティモールの”エッジ”――東ティモールから世界の未来へ(4)



パーマカルチャーが重視するものの一つに、エッジ効果というものがある。

生命がそれぞれ自身を十全に横溢させるなか有機的に結びあうとき、自然は自らを豊かにし続けてゆく。

その世界は多様であり、単なる多種ではない。有機的に種同士が反応しあうとき、その世界はそれぞれが孤立していたときよりも飛躍的に多様となる。それが豊かさを裏打ちする。

ここにもいくつものエッジがある
”エッジ”はこの多様性を創出するという、重要な役目を担う。一言で言えばそれは隣り合う異質な環境の境界であり、そこには人間の想像を超える多様性が現れる。

”自然の中にあるその例としては湿地が挙げられるでしょう。川や湖などの水という環境と陸の環境の接するところに生じる湿地ではもちろん水中に住む生物も陸にいる生物もやってきますが、そこにしか住むことができない生物もやって来るので、極めて多様な生物が生息しています。” (パーマカルチャーの倫理・原則 | Permaculture Center Japan

よってパーマカルチャリストは、意図しない多様性が生まれることを期待して、意図的に異質なものを隣接させる。では東ティモールのパーマカルチャー・プロジェクトで隣接しあっている、もっとも異質なものとはなんだろうか?

おそらくパーマカルチャー自体と、東ティモールである。

■並んで立つパーマカルチャー
前回、パーマカルチャーの視点で東ティモール文化を深く吸い上げてほしい、というようなことを書いた。それによって「東ティモールの」パーマカルチャーができるはずだ、と。しかし東ティモールのパーマカルチャー・プロジェクトにはそれ以上の意味がある。

例えばパーマカルチャーには多重性という重要な視点がある。パーマカルチャーでは生態学の規定する植物の上下の空間的棲み分けに、蔦や根菜類を加えた7層を想定する。平面的には同じ面積でも、上下の空間をうまく使うことでより多くの作物を作付けすることができる。

森の日陰を使うコーヒー栽培は上下の層を活かしているとも言える
同時にコンパニオンプランツを混植することで防虫や成長に対する共生効果も狙う。放っておいても豊かさを創り出す生態系をそこにデザインしようとするのである。

そこで東ティモールの蔦や苔類とは?といったことを考えるわけだが、それだけでは問いがある種、一方向であるとも自分は感じる。

パーマカルチャーが想定していないカテゴリの植物はないのか?伝統的な暮らしの中に、パーマカルチャーの既存の想定をはみ出るリソースはないか?

そういう東ティモールからの問いもあり得るのではないか。パーマカルチャーに新たなカテゴリを付け加え、原則が変わることもまた、「東ティモールのパーマカルチャー」の条件なのではないだろうか。

だから、パーマカルチャーがエッジを見い出す以前に、パーマカルチャー自体がエッジなのだ。パーマカルチャー自身が、エッジから創発する様々のものをリソースに、それ自体に新たなカテゴリやプロセスを追加し、その作動を変える。

それができれば、東ティモールはパーマカルチャー・ムーブメントの最前線、世界のセンターになることもできるのではないか。

実際、一国規模でパーマカルチャーを推進するというのは他に例を見ないように思う。そこから生まれるコンテンツを大事にするべきだし、それを期待した動きと言うものが必要なのだと思う。

■並んで立たせるもの
本当に対話するならば、パーマカルチャーは自己言及性を獲得し、学習と変化を始動させる。言い換えれば静的で変化せず、一方的に正しい何かから、エラーを含みつつ常に新しい道を紡ぎ出す、生命的な何かになる。

パーマカルチャーが生命的な営為を産み出すだけではない。それ自体が生命的な営為なのだ。それで、生命的でないパーマカルチャーとはなんであるのか?その問いが自身に発生するのだ。

その自らを問い、発展・変化させる作動の中でこそ、前回書いたような文化の深掘りも可能となるのではないか。そこではデザイナーが自らの原則を適用しようとするだけではなく、その場から学ぼうとするからだ。

それは簡単に言えば対等であるということであり、対話するということだ。

パーマカルチャーは天下りに自然を対象化するのであまり語られないが、パーマカルチャーが異質なものに対峙するとき、それはそもそもデザイナーにそうさせる、デザイナー自身の内奥の自然が起動しているはずだ。

それはこのエッジをこうデザインすれば有機野菜がたくさん取れる、とかそんな帰結を先回りした何かではない。あるいは「自分も自然の一部である」とか、そんな陳腐で分析的な話でもない。それ以前の、そして全ての前提となる、もっと根本的な衝動だ。

それがどんな理由で、どうすれば訪れるのか、自分は知らない。ただ誰にも分け隔てなく、タダで向こうから勝手にやってくることだけは分かる。

例えば動物たちの気高さに胸を打たれるとき。何の想念もなく、ただ眼前に広がる自然に見入ってしまうようなとき。風に揺れる稲穂にいいようのない深い気持ちに満たされるとき。そんなとき、自意識が溶け出し、自然と一体化する。荒廃してゆく自然 心を痛めるのではなく、自らの痛みとしてそれを感じる瞬間が確かにある。

キルギス奥地の湖
その感覚を意識に持ち帰ったとき、そこに生きていた生命たちの命脈を絶ってしまうことが恐るべき傲慢であると思い知る。

自分たちがしでかしたことに真摯に向き合うしかない、と思わざるを得ない。人が自然と近しくあった時代から、多くを学ばねばならないと端的にわかる、そういう瞬間が訪れる。そこからなのだと思う。

■川の流れを変える”エッジ”
それを最も端的に示したのが、アメリカのイエローストーン国立公園の例ではないかと思う。人間が狼を絶滅させ、世界に必要な多様性を欠損した結果、鹿の増殖と緑の食尽を招き、豊かな自然を誇った国立公園は荒野となりつつあった。


そこに狼を再び投入したところ、鹿の生活圏が変わり、数も適正なレベルに減り、森が復活した。それによりビーバーがダムを作り始め、それがまた多くの生きものを育む。森の木の実は熊も養う。コヨーテが狼に捕食されることで小動物も増え、イエローストーンは見事に回復した。

最大の変化は陸と川のエッジで、木々に強化された川岸がついには川の流れすら変えたという。鹿の生命を奪う狼は、生命を与えるものでもあったのだ。

絶滅したオオカミの復活が、森林に与えた驚くべき『6つの変化』〜黄金比Φに委ねて〜

ここでは投入された狼と鹿、森とビーバー、陸と川、様々なエッジが連鎖的に生まれたことが、人間の予想を超える変化を生み出している。多様性を回復し、それにより次々と生まれたエッジがイエローストーンに豊かさをもたらしたのだ。それは元どおりの姿ではない。予想もできなかった新たな豊かさだ。

そしてそこにあった最初のエッジとは、人間と自然の間にあったものだと思う。しかしその原初のエッジは、差し入れられるのではなくむしろ溶解することで、人間に根源的な感覚と動機をもたらした、としか思えない。

狼を投入したらなんとかなるんでないか、それがエッジを作るのではないか、などというデザインめいた話は、その後に出てくる方便にすぎない。人間は自ら自身の内奥の感覚を通じて自分が滅ぼした狼たちへの敬意を取り戻し、それをただ表現したかった、というのが端的な事実ではないか。

なぜならその帰結は予測できなかったのだから。確かにこれを予測不可能性をデザインする、といった言い方もできると思う。しかしそれでは実際の事態を矮小化している、と自分は思う。

まったく別の文脈で言及されたことだが、この白人とネイティブ・アメリカンの和解の際、語られたことが同じことを指し示している。

だから、We don't own the land. Land owns us.

その根本の態度の上に、そこにいる生命の対等さが、ごく自然に現出するのだと思う。それはこの動画で泣き崩れている白人たちが見せるような、自意識の悪意、傲慢から私たちが解き放たれる瞬間だ。

そのとき私たちは自らの中の呪縛、平板な一方性を手放し、流転し喜怒哀楽する無限の複雑さ――多様性――を回復し、そうしてそれぞれの多様性を尊重するということに向き合うようになる。

そのなかで私たちは狼にそうしたように、様々な他者の独立を脅かすこと、脅かしてきたことを悲しむだろう。エッジが溶解した今、それは自分の痛みだからだ。自分で自分の独立を脅かし、natureをねじ伏せよと命じてきたことと同じだと、気づいたからだ。

他者と対等に並んで立ち、他者の独立をねじ伏せたりしないと、私たちは決意する。対等の生命たちは生かしあい、あるいは殺し合うとしても、それは他者の存在への軽侮として行われるのではない。川の流れは変わり、後はただ自然のまま流れゆく。


■循環する未来
対等に並んで立つことを取り戻した者たちの有機的相互反応、それが予想もしない豊かさをもたらす。そういうことは生態系に限らず、人間社会でも起きる。イエローストーンの回復と、白人とネイティブ・アメリカンの和解は、同じものである。

またここでノースダコタのネイティブ・アメリカンにハカでエールを送っているのはNZの先住民族マオリの人びとだが、

New Zealand’s Native People Are Showing Their Support For Standing Rock In A Powerful Way The Māori people stand with Standing Rock Sioux by sending them hakas through Facebook

この記事のコメント欄には多くの白人たちのコメントが寄せられている。この記事に涙を落とした白い人びとがいて、彼らはこのマオリの人びととも、遠くアメリカの先住民族とも、肩を並べている。何かが解けて、何かが生まれている。

ここに並んで立つ白人は、まるで48年前のオーストラリア銀メダリスト、ピーター・ノーマンのようじゃないか。オーストラリアから支援に訪れるパーマカルチャリストは、是非彼の国が誇るべき闘士の姿を、ぜひ現地びとに伝えてほしい。

48年前のオリンピック、ある男性の勇気ある行為が彼の人生をめちゃくちゃにした。

この機会が確実に彼の人生を変えた。それは黒人とともに表彰台に立つことでアスリートとしてのキャリアを断たれた、ことだけを指すのではない。彼はアメリカの公民権運動に手を貸したのではない。彼自身が世界と和解したのだ。そんなことに加担できないということと、このことに並んで立つということ。それが否応なく自分の自然だと認めざるを得なかったのだ。

東ティモールにも、バハサを共有するインドネシアに伝えるべき、同じ旧植民地国であったブラジルに伝えるべき、独立のストーリーがあるはずだ。それはわけも分からず前線に連れてこられ、捕虜となったインドネシアの若い兵士に、東ティモールの闘士が語りかけたことどもの中にある。そこに言語の共通性は確かに活きていた。こうやって言葉が通じる者同士が、なぜ殺し合っているのか、と。


知識の循環とは、そういうことだ。何かが解ける地点を水源に流れ始めるのが本当の循環なのだし、わけの分からない悪意に脅かされない唯一の道だ、と自分は思う。社会に振り回された、意味不明な支配関係を持ち込もうとする態度を脱し、対等に並んで立つことを回復した地点からしか、本当の変化は始まらない。

近代化に典型的だが、何かを絶対善として押し付ける一方的な態度に、文字通り循環はない。実際、単純に外から何かを導入して”発展”するというのは、現地を知る支援者たちが疑問符をつけるところでもある。例えばこの活動において目指されている、

東ティモールにいる佐藤慧さんとメッセンジャーでやりとり Video conference clubについて - 日本とフィリピンの子供をオンラインで定期的に繋ぐとどうなるか

グローバルな競争社会を作るためではなく、共存共栄のできる世の中にするために行う」支援は、東ティモールの可能性を正確に捉えている。

この支援者の一人は独立戦争を戦った世代であるペドロさんの言葉を、共感を込めて引用している。

その内容はリンク先を読んでほしいのだが、ジャーナリストである彼がペドロさんにシャッターを切るとき、彼はそこに自分を解放する何かを見ている、としか自分には思えない。

■支援者たちの夢
「並んで立つこと」は異なる文化の間でも、創造性の源泉となる。

APLAが行った水源の回復が典型だが、創造的なプロジェクトの深部には、価値あることを模索するのだという動機がある。美しい水を湛える東ティモールの水源に託された、支援者たちの夢がそこにあるのだ。

そこで起こっているのは、東ティモールと自分の間のエッジが溶解し、その後必要なエッジが立てられているということだ。だからそれは他人事ではなく自分ごとで、だからこそそれは誰にも意味があるものへと、連鎖的に育ってゆく。イエローストーンがそうであったように、おそらく様々な――多様な――エッジがそこに生滅流転しているはずだ。

そのエッジでは様々な対話がホットに巻き起こっている。それは技術というより社会的な問題であって、人の想いが伝わり形成されていく過程である。こんな水源など、でかい浄水場建てて塩素入れた水道引きゃいいじゃないか!そう転ぶことだっていくらでもあるのは、土建国家とも揶揄される国に住む人間には、実感を持って理解できることだ。それはそれで人の思いなのであって、本当に起こっていることを理解しようと思ったら、「そうならずにこうなる」のは何故なのかということに思いを馳せねばならない。

東ティモールの数千キロ向こうからやってきた支援者たちは、自分の属してきた社会に幻滅しているのかもしれない。何の価値もないことにいいように使われてなどいられるか。価値がなんであるかを自らに問うことを許されない社会の住人が、それを当たり前にできるコミュニケーションの場を求めるのは自然なことだ。自らの自然から始まっているから、それは他人事でなく自分ごとになるのだ。

おそらく彼らは東ティモールを見ながら、自らが加担してきた社会の過ちや、呪縛から解き放たれた世界に溢れるであろう歓びを見ている。植民地支配を跳ね除けたその世界に、未来に広がるまだ見ぬ世界に。その一部が透き通る水源として現れたのだ。

水源保全活動の成果が少しずつ形に。 « APLA (Alternative People’s Linkage in Asia) / あぷら」より
そうであるならばそれは支援というよりも自己治癒に近い。それは利己的ではない。自愛である。私たちは自らの自然を取り戻すため、同じ病への道をなぞりかねない人びとと、並んで立つことにしたのだ。それは宣教ではない。独立した人間同士の対話である。

だから、パーマカルチャーが未開の東ティモールを覗き込むのではない。パーマカルチャーが東ティモールと対話する時、東ティモールもまたパーマカルチャーを育んでいる。

そうならず逆に”支援に来たオージーがたくさんいるから”英国風の建物が並び始め、素朴な地元家屋を見下ろすようなモザイク町が全土に現れるのだとしたら、それは全然パーマカルチャーじゃない。エッジから何かを生み出したのではなく、エッジをもちこんでズタズタにしただけだ。

こういうものをどう取り込むか?(バリ島・クタのレストラン)
それは溶解すべきエッジを抱えたまま他の国にまで持ち込み、そのせいで有用なエッジを立てられなかったことを意味する、と自分は思う。

■真の多様性とその源泉
様々な独立者たちが世界に立てたエッジに、私たちは心を揺さぶられ、自らに向き合う勇気を持とうとし始める。ピーター・ノーマンが表彰台に立つ日、そうしたように。彼は白人支配から独立しようとする人びとの姿に心を打たれ、わけの分からないハラスメントを仕掛けてくる社会に取り込まれることを拒否した。彼もまた、その社会から独立することを選んだのだ。

これは決してパーマカルチャリストが一方的な心無い活動をしているという意味ではない。理論化していないことと、やっていないことはイコールではない。あるいはわざわざ言及するまでもない前提として、内奥に浸透しているのかもしれない。

ここで考えたかったのは、パーマカルチャー・プロジェクトを含む様々な支援が、実は自らを様々な呪縛から救いだす道でもあり、そうでなければ支援としてもまた意味を失うということである。自愛なき利他は醜悪で、危険でさえある。愚かしい上から目線、「あなたのためよ」と人を矯正しに来る変質的な教育ママみたいな気持ち悪いものが、ごく自然に気持ち悪いと分かることが重要だ。


”こころのない優しさは 敗北に似てる”

繰り返しになるがパーマカルチャーの言う多様性は単なる多種ではない。それは狼の棲みついたイエローストーンが現したような、有機的に反応しあう生命の交響である。エッジとはそういう意味における多様性が渦巻く生態的特異点なのだ。

それがパーマカルチャーの言う豊かさを支えているのならば、支援者こそそういう有機的生命でなければならないのだ。そうでなければ、それは支援者の仮面を付けたニュータイプの宗主国にすぎないし、そうでないからこそパーマカルチャー教育を国策として推進するという、世界に例を見ない創造的な企てが試されるのだと思う。

そういうものはきっと生態系だけじゃなく、社会にも、文化の間にも、創造的なエッジが立っていて初めて成立するのだ。

東ティモールには、外国資本を大々的に取り入れて工業化する、ASEAN型で”発展”する道だってあったのだ。しかしその資本は先進国がどん詰まり、投資先が無くなってしまったからこそ新興国に流れ込んでくるのである。

東ティモールは何も考えずその流れに乗るのをやめた。それは世界が陥った、わけの分からない呪縛にとらわれない独立者の発想である。

えらい人に言われるままにひどいことをしに来た、最悪の意味で天然の(それは自然ではない)、末端のインドネシア兵たちが虜囚となったとき、独立者たちは彼らにあの闘争の意味を語りかけ、そして解放した。彼らが自分の頭で考え始めること、それが彼らの中に伝播することを信じて。

それは持たざる者の戦略でもあり、わけの分からないエッジを溶解させようという試みであり、彼らを自分で判断する独立者へと育む支援でもあった。インドネシアはそれにこそ怖気を催し、さらに弾圧しようとした、としか思えない。

そのような闘争もしくは支援の先に国境というエッジが立てられ、同じになるのではなく、互いに学びあう多様性が交響を始めた。今こうしている間も学校でパーマカルチャーを学ぶ東ティモールの小さいひとがいる。彼らはこの交響を胸に響かせながら、彼らの見る世界に潜む多様な可能性を次々と発見してゆくだろう。

ひょっとしたら世代を経て、彼らはこのどん詰まりの国民国家システムまで相対化するかもしれない。それは国境というエッジが溶解し、また創造的なエッジが立てられたということなのだろう。生命が独立を脅かされず自然である限り、エッジは生滅流転する。

■世界に多様性を示す東ティモール
だから、東ティモールが世界に追加する多様性とは、近代と別の発展ルート、だけではない。わけの分からないエッジを溶解させることから始める、そのことこそが東ティモールが、疲れ果てた世界に差し入れるべきエッジなのだ。多様性の源泉には、人間が自身のnatureに根差すこと、独立があったのだ。

独立を侵すものに頑強に抵抗し、血みどろの闘争の最中でさえ攻め込んできた者たちに自分で考えよ、独立せよと語りかけ続けたことが、その原型である。圧倒的な戦力差の中、その闘争がついに結実したことに世界は驚いたが、多様性とは、イエローストーンがそうであったように、人間の思惑を軽く超えてくるものなのだ。

実際、国策でパーマカルチャーを推進するというプロジェクトもまた、世界の先進国びとを驚かせるのではないか。それは彼らの――私たちの――心を開き、内奥の自然との間に抱えこんだエッジを溶解させ、自分自身のnatureを取り戻させる、アーティスティックな方便なのだと思う。

そこから対話と呼ぶにふさわしいプロセスが始まる。ある支援プロジェクトは、こう言う。

”ただし、活動を進めていくうえで、いつも忘れないでいようと決めていることがあります。 
1)これまで他の「支援」がしてこれなかったことを実現する=人と人との交流・学びあいをベースに、人(コミュニティ)が変化していくプロセスに寄り添う。 
2)主体はあくまでコミュニティの人たち(農民)であり、「支援する・支援される」関係を生み出さない。” (東ティモール « APLA (Alternative People’s Linkage in Asia) / あぷら

上の「支援する・支援される」関係は、「支配・被支配」と読み替えても良いだろう。ここに見える、宣教とは程遠い対等さ。そこには必ず、外から持ち込んだ”正しい”何かではなく、”東ティモール”の深みから汲み出された、何ものかが宿る。

それはまた、人間の独立を象徴したブランドを織り成し、ブランドがさらにその場を育む、と自分は信じる。パーマカルチャー教育のプロジェクトが輩出する人材が、それを支えることだろう。

だから、東ティモールがパーマカルチャー実践の先進地を超えて、パーマカルチャー自体が発展する最前線になるとしたら?東ティモールがパーマカルチャーにたった一つの普遍的カテゴリを付け加える瞬間、それは世界にまた一つ生まれた、重要なステップを意味するのかもしれない。

その新たなカテゴリはそれ自体多様性の追加であり、それを成り立たせた何ものかを、誇らしく指し示す指先でもある。ぼかーそんな風に思うのです。


関連リンク:

世界に多様性を示す東ティモール――東ティモールから世界の未来へ(1)

ブランドなき国の植民地化―情報時代の野蛮人から(2)



[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]
愛するということ新訳版 [ エーリッヒ・フロム ]
価格:1362円(税込、送料無料) (2017/1/6時点)

スポンサーリンク


スポンサーリンク


0 件のコメント:

コメントを投稿